うちのこ

2015年4月からワーキングマザーとして働くハハがお仕事や子育てやそれ以外をつづります

先生が変わって1年。登校しぶりのムスメが、ひとりで登校できるようになるまで

1年生の10月から付きそい登校を続けていたムスメが、2年生の2学期が終わる2日前、12/23からひとりで登校できるようになって、そしてこの春、3年生になった。

 

毎日の「いってきまーす」が明るくなり、その足取りは力強い。

 

2年生で担任を受け持ってくださったY先生と出会ってから、ムスメが「学校」に対して、ゆっくりと信頼を醸成していく様子をずっと見ていた。担任の先生だけではなく、他に関わってくださった先生やお友達とも。

やっと安心できたのだと思う。親のがんばりだけではここまで来られなかった。

 

新しい先生との出会い

とにかくピカピカしている先生、というのが最初の印象だった。4月に行われた保護者会での挨拶で「子どもたちとたくさん遊びたいと思っています!」とおっしゃっていて、終了後に「2年目だって!なんかキラキラしてた!」と夫にLINEを送ってしまったほどだ。

 

ムスメは1年生のとき「算数についていけない」ことから少しずつ自信をなくしてしまい、10月から私と一緒につきそい登校を続けていた。

kekotinn.hatenablog.com

 

4月の家庭訪問で1年生のときの様子は伝えていたものの、1学期の間は音沙汰なく過ぎた。私のつきそい登校も、距離は少しずつ短くなったものの、毎日続いていた。

 

そして7月の夏休み前。

夏休みの数日間、学校での勉強会に来ませんか?とお電話をいただいた。そういう取り組みがあるのも知らなかったから、非常にありがたかった。ムスメも特に嫌がることなく、三日間きちんと通った。

 

二人三脚の始まり

そして二学期始まってすぐ。

授業中、上の空のことが多くて…。と電話をいただく。コロナで分散登校などもあり、普段と違うからかな、と話しつつ、思い切って「授業についていくのが厳しそうで…もし可能だったら特別指導教室に申し込むことって出来ますか?」と打診してみる。

 

1年生のときも打診して面談までこぎつけたのに、職員会議で却下されてしまったやつだ。今回もダメかもしれないな、と思いつつ電話を切った翌日。すぐ受諾の連絡をいただけた。

去年の難航っぷりはなんだったんだ。

 

特別指導教室がハマった

ここから週に1時間、特別指導教室が始まったことが学習面では大きな変化だった。

専任の先生が1人つき、算数と国語の苦手な分野を学びなおす。教室は2人きりで、落ち着いて勉強に向かえる良い環境だった。かなり段階を下げた内容で、ここからなのか…と最初は少しショックを受けたけど、そのショックはすぐにどうでも良くなった。

 

マーベラス

すばらしい!

100点!

がんばりました!!!!

 

とにかくほめてくれる指導教室の先生。毎回、答案用紙と何を重点的にやったのかまとめた紙を子どもに持たせてくれるのだけど、ほめ言葉で真っ赤になった答案を初めて見たときは衝撃だった。こんなにほめるのか!!!!!

 

周りとくらべて「できない」と落ち込んで泣くことが多かったムスメは、とても励まされたのだと思う。毎週のその時間を楽しみにするようになった。

 

担任の先生が仲介役になり、指導教室の先生・保護者(私)とで週に1回の報告・連絡・相談を紙でやり取りする。

宿題で時間がかかる(=普段の授業を受けるだけでは理解しきれていなさそう)単元の復習をお願いすると、すぐに翌週の学習内容に反映された。おかげで単位が混在する長さ、時間、容量あたりはなかなか鬼門だったけど、なんとか乗り越えた(今でもまだあやしいですが…)。

 

先生はいつまでも味方だよ

そんな毎日が過ぎていき、冬を迎えた。最近は宿題をやっていてもぽろぽろ泣き出すこともだいぶへって安心してきた頃。

 

習い事のお迎えの帰り道、「今日お昼にY先生とはなしたんだ」というところから「国語と算数がわかりたいけどわからないんだよ!100点取りたいのに!」と久しぶりの悔し泣き。家に帰る前に団地のベンチで抱っこして、落ち着くまですわっていた。

 

その日は授業でも上の空だったらしく、連絡帳には先生からの長い手紙がしたためられていた。

 

わからなくて辛いことを言えたことはえらい。先生はいつまでも味方だし応援しているからわからないことはしっかり伝えてね、いっしょにがんばっていくよ、と話しました。

わからなくても恥ずかしくないし、できなくても大丈夫だから、そのままにすることだけはしないでね、と伝えました。

むすめさん自身が一番苦しいのだと改めて感じました。

 

連絡帳を読んで私が泣いてしまった。この先生は、むすめのしんどさをちゃんと見て、向き合ってくれている。

 

翌日に先生と電話で話していて私が「100点じゃなくてもいいから、学ぶことの楽しさを諦めてほしくないんです」と自分なりに目指したい姿をたどたどしく説明したときには「わかります、僕もです」ときっぱり言ってくれたことは今でも忘れない。

 

また、自宅でフォローを依頼したい分野について依頼いただけたのも助かった。月曜にテストがあるので今日渡したプリントの漢字を復習してほしい、など期限と範囲と目的が明確で、親子共々やりやすかった。そして、勉強した成果が出れば「ありがとうございました」と電話で子どもの様子を伝えてくださり、信頼関係を築くというのはこういうことなのか、という学びにもなった。

 

何度も書き直した跡

国語のテストで100点。何回も書き直した跡があって、正解を導こうとねばったんだろうと思うと目頭が熱くなった。めげずにここまでがんばれるようになったのか。

 

そして、ひとりで登校

12/23。終業式の二日前。

この日、ついにムスメが一人で自宅から学校まで歩いていけた。

その前の1週間、弟が体調を崩していてやっと復活し、看病疲れが出た私が前日9時に「あとはよろしく、ママは先ねる…」って寝てしまったので「ママたいへんそう」という思いがあったのかもしれない。

 

翌朝、私は案の定ねすごし、起きた直後に「お弁当~!」とあたふたして、全然髪の毛や着替えまで手がまわっていなくてダメ元で「ひとりでいける?ママ全然準備終わってなくて」って言ってみたら「いーけどー」との返事。

 

えっ!おっ!ほんとに!うお〜助かる!!!

 

といいながら玄関からずっと見送って、階段を降りてダーッと走っていく後ろ姿をみて「おおおお~~~」とこみあげてくるものがあった。

 

5歳弟と

「おねえちゃん行ったね」

「ひとりで行ったね」

と言い合い、喜びを噛み締めた。

 

ムスメ自身もできた!という思いがあったのか、学校で先生に「今日家からひとりでいけたんだよ」と話してたようだった。

先生が「すごいじゃん!明日もひとりでおいでよ」っていってくれたし、道の途中でお友達に会えて一緒にいけたのも勇気がでた!と帰宅後に誇らしそうに話してくれた。

 

よかった。うれしい。

 

この出来事をきっかけに、ムスメの顔つきがかわり、だんだんと自信がついた雰囲気を感じるようになった。

 

三学期初日

そして冬休み明け。また玄関から1人で学校にいけた。

夕方、先生からも電話がかかってきて、「ムスメさんのがんばりです!」と喜んでくださった。

 

ムスメは前日から「明日学校だ、楽しみ~」「だって先生に会えるから!」ととてもテンションが高かった。

 

今まで安心できる場所が家庭や学童だけだったのが、学校もそのひとつに加わりつつあるのかもしれない。先生やお友達と信頼関係を少しずつ築けた結果だ。

 

自ら学ぶ

二学期後半から始まった九九検定。三学期始まっても合格できず、この日初めて受かりたい!と一生懸命勉強していた。机に向かって、読んだり書いたり。五感を使って自分のモノにしようとしている姿にちょっぴり泣きそうになって、単身赴任中の夫にこっそり写メを送った。

 

ママはじぶんのこと好き?

3月。突然ムスメに「ママはじぶんのこと好き?」と聞かれて「うーん、好きなときもあれば嫌いだなって思うときもあるけど…おおむね好きかな」と答えたあとで「ムスメちゃんと弟くんはどうなの」と聞いたら2人とも秒で「すき!!」と答えてくれたのはすごい嬉しかった。「だってがんばりやさんだから」ってムスメが付け加えたのは、先生にほめてもらえたポイントだから、ということは後で知って、笑ってしまった。

 

ありがとうございました

目の前のこどもをよく見て、必要なフォローを必要なときにしてくださる先生だった。

最初の挨拶のとおり子どもたちとよく遊んでくれる先生だった。子どもたちのことが大好きで、抱っこして!やぎゅってしてほしい!というムスメの甘えも受け止めてくれ、関係性を築いてくれた。

親の私にも何度も電話をかけてくれ、学校の様子や親にしてほしいことを率直に伝えてくれて安心させてくれた。

時々オーバーワークになっていないだろうか、と心配していたけど、本当に心強い1年間だった。

 

またどこかで担任になってほしいと願いつつ。

先生のおかげでムスメは大きく成長できました。

ありがとうございました。